敷金返還請求

なぜ敷金が返って来ないのか

一般住居の賃貸借契約における敷金とは法律上、「賃料その他契約上の債務を担保する目的」で預託する金員とされ、借主の過失による物件の毀損、家賃の滞納などが無ければ全額返金されることが前提となっています。これだけ見れば通常の使用において多少の差し引きはあっても大方の敷金が返されてよさそうですが、実際には予想外の見積もりが出て来ます。大家さんの請求は正当なのか、よく耳にする「原状回復義務」「通常損耗」「特約」などのキーワードはどんな意味なのか、ちょっと長くなりますが一つずつ解説していきます。

原状回復義務とは

原状回復を丸っきり入居時の状況に戻すことと解釈している大家さんも居ますが、過去の判例、またそれを基に作られた「国土交通省のガイドライン(正式には不動産適正取引推進機構と国土交通省が平成10年3月に著した「賃貸住宅の原状回復をめぐるトラブル事例とガイドライン」という冊子で、国土交通省のウェブサイトから再改訂版のPDFがダウンロード出来ます)」に依ると、一般賃貸借契約における原状回復とは

「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」

とされており、入居時の状況を再現することではありません。つまり入居時に内装が新品だったとして、通常の使用による損耗(これを「通常損耗」と言います)や経過年数による劣化を回復する必要は無いということになります。

どこからどこまでが通常損耗?

これも同ガイドラインに比較的細かく規定されています。過失の方は明確に「やってしまった」と認識出来るものが殆どですから、それ以外は大体通常損耗となります。

通常損耗とされるもの
日焼け・電気焼け/一般的な家具の跡/クロスの画鋲跡/歩行による床の擦れ/物件環境により止む無く発生するカビや劣化/経年でヒビが入る網入りガラス※詳しくはこちら(注1)/など
借主の過失とされるもの
家具を引き摺ったり何かを引っ掛けて出来た傷や剥がれ/何かをこぼして出来た染みや汚損/タバコのヤニ汚れ/ペットによる汚損・臭い/借主の不注意で発生したカビや劣化/など

過失がある場合の負担額は?

上記過失に分類される傷や汚損を発生させてしまった場合の各部材における負担金額の計算方法も基準が提示されています。基本的には過失を発生させた箇所・部材の補修単位、最小交換単位についてその金額を負担をすることになり、更に「経過年数」「減価償却」が考慮される部材は前述の金額より減価分を差し引いた残存価値分だけを負担することになります。以下のグラフと表を参考にご自身が負担すべき金額を確認してみましょう。
※各設備(内装・建具)の対応年数具体例(国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」参考)
対応年数5年・・・流し台
対応年数6年・・・クロス・畳・クッションフロア(CF)・カーペット・エアコン・冷蔵庫・ガスレンジ・インターホン
対応年数8年・・・主として金属製以外の家具(棚、たんす、その他主に木製家具)
対応年数15年・・便器、洗面台などの排水溝、衛生設備、主に金属製の器具及び備品
注意・・ユニットバス・浴槽・下駄箱など、建物に固着して一体不可分なものは当該建物の耐用年数を適用
2★対応年数グラフ

負担項目 負担単位 経過年数・減価償却の考慮
一枚 考慮無し
クッションフロア
カーペット
一部屋 6年で1円
フローリング 平米 部分補修は考慮無し
張替えは建物耐用年数で1円
クロス 平米若しくは一面 6年で1円
一枚 考慮無し
一枚 考慮無し
設備機器 修理・交換 耐用年数で1円
修理・交換 鍵紛失の場合は考慮無し
クリーニング 一式 考慮無し
例) 畳に染みを付けて張替えの負担をする場合
染みの付いた枚数分の代金を負担します。よく「他と色が変わる為」と周囲の張替え分も請求されますが負担の必要はありません。
例) ヤニ汚れの過失からクロス張替えの負担をする場合
クロスの場合6年の経過年数で残存価値が1円になるとされており、「100%÷6年×(6年-入居年数)」が負担すべき残存%になります。よって仮に4年入居した場合の残存価値は約33%となり、張替え平米数を60、平米単価を1200円とした場合の負担額の計算式は60平米×1200円×0.33=23760円

となります。

以上のように、ちょっと複雑ですがそれだけガイドラインは具体的に作られており、大家さんと借主の双方がガイドラインに沿えば余りトラブルは起きそうにありません。しかしそうならないのが敷金問題の難しいところで、これらガイドラインには法的強制力がありませんし、公示されたのが平成10年と比較的歴史が浅く、それまでの大家さん側の感覚とは大きな相違があった為(だからこそガイドラインが出されたとも言えますが)、従う義務無しとする大家さんが多いのです。実は当職宛には稀に大家さんからガイドラインを「大家虐めだ」と嘆くような相談ならぬ苦情が寄せられることもあるのですが、なかなかガイドラインの存在が決め手とならないのが現状です。

特約の捉え方

更に事態を複雑にするのが契約書に盛り込まれる「特約」です。借主の過失の有無を問わず一定の「クリーニング費用」や「畳・襖張替え」費用を負担させるものが多く、上記ガイドラインにおいてはそれらが有効に成立する条件として

  1. 特約の必要があり、かつ暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること
  2. 賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること
  3. 賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること

などを求めています。曖昧ですね。(1)については詰まるところ個々の契約・物件状況・相場などから裁判官が判断する以外に正解は出ませんし、事実過去の裁判では同類の特約が有効とされた判例も無効とされた判例も双方出ています。(2)(3)について、これは借主側のあまり良くないところでもあるのですが、事前に契約内容を入念に確認する人は殆どおりません。その為に重要事項説明などの手続きが踏まれるのですが、事務的に専門用語を羅列されてもやはり正確な理解は厳しく、後に「説明した」「聞いてない」と水掛け論になります。そして、そもそも借主が特約に疑問を抱いたとして、「提示された契約内容を無条件で飲む」か「契約しない」のどちらか以外、交渉により特約を排除出来る可能性はほぼ皆無ですから、やはり(1)の判断が主となるようです。いずれにせよ、特約の設定は大家さんの明確な請求意思ですから、無いに比べて交渉が難しくなることは必至です。

退去後・返還請求の流れ

では具体的にどのように敷金を取り返せば良いのか、これはとかく大家さんのタイプや性格・知識によるところが大きく一概に言えないのですが、通常以下のような流れになります。

1) 立会い確認
可能であれば写真などを撮っておくと良いですが担当者を前にバシバシとは少し気後れしますし、立会い確認が無いこともありますが、その時の説明と後に出てくる見積書の内容が全く違うことも多いので、立会い自体あまり重要ではありません。ただ、補修費用の負担を認めるような書面に記名押印を求められることがあった場合、しっかりと内容を確認の上、即答出来なければ持ち帰るなどしたほうが良いでしょう。
2) 見積書の確認
ポイントは上記のとおり、「借主は自身の過失が認められる事項について相応の金額を負担する」です。特に長い賃貸後など相応に損耗も劣化もありますので綺麗にリフォームしようとすれば工賃は高額になりますし、大家さん手配の業者の工賃が相場より高額に設定されていることもありますが、借主には関係ありません。過失の無い部分は大家さん負担ですし、負担項目が高額に見積もられている場合は相場に引き下げて計算し直します。つまり借主が行うべきは「リフォーム」ではなく「毀損した価値の補填」ということですね。
3) 返還請求
不当に高額な敷金が償却・請求されている場合、直接大家さんに対し返還請求を出します。仲介の管理会社が窓口となることが多いのですが、まず大家さん寄りですし、殆どの場合敷金を返す返さないの決定権を持たないので余り仲立ちさせる意味がありません。そして請求手続きは後の証拠に残す為、書面・内容証明郵便による形が望ましく、以下のようなポイントを押さえた文面を送付します。

  1. 請求されている項目・金額の内、不当と思われるものを列挙・負担金額を再計算
  2. 負担金額を敷金から差し引き、残金の返還要求
  3. 返還の期日・方法を指定(特に決まりはありませんが書面到達後5日~20日位で銀行振込とする場合が多いです)
  4. 期日までの返金が無かった場合の対応

上記(4)について、内容証明郵便送付後も話し合いが決裂した場合はほぼ「訴訟」となります。裁判所を介した民事手続きには他にも「支払督促」や「民事調停」があるのですが、支払督促は「異議の申し立て」が可能で民事調停は合意が出来なければ不成立となります。つまりある程度双方に歩み寄る意思が無ければ意味を成さない為、民事では内容証明郵便で最終確認をして駄目なら訴訟という流れが費用を安く抑える定番です。尚、一般賃貸の敷金問題で争われる金額は数万円から高くとも40万円程度なので弁護士を雇える方は殆どおらず、可能であれば民事手続きで費用が嵩むことも避けたいところですが、その為にも大家さんにプレッシャーを掛ける目的でこの手の文面を含めていきます。

※注1

「網入りガラス」は何も衝撃を与えていないのに自然に割れる(ヒビが入る)ことがあります。その原因としては主に次の2つが考えられます。

1、熱による割れ(ヒビ)、一般的に「熱割れ」と呼ばれます。

具体的には、直射日光などにより窓ガラスが高温となり膨張し、その一方で窓ガラスの周辺部(サッシ枠の中に飲み込まれた部分)や影となる部分は直射日射を受けないので高温とはならず膨張しません。このため高温となった部分のガラスが膨張に低温のままの部分が耐え切れずヒビが発生するのです。尚、窓ガラスの外枠部分からヒビが発生することが多いのは、上記のとおり窓枠部分はガラスに直射日光が当たらず膨張しにくい為です。

2、錆による割れ(ヒビ)、一般的に「錆(サビ)割れ」と呼ばれます。

網入りガラス、その名のとおりガラス内部に金網が入っています。これは強度を上げる為と、外部からの衝撃が加わった場合に割れたガラスが飛び散ることを防ぐ為です。
ただ、ガラス内部の金網もやはり錆は発生します。そして発生した錆により金属部分が膨張しガラスが耐え切れずに割れ(ヒビ)が発生します。尚、窓ガラスの底辺部分のエッジ部分はサッシ枠の底辺部分に雨水などが溜まり、ガラスの中に入っている網が切断面の露出している網から錆びやすく、窓枠付近でヒビが発生することが多いのはこの為です。

まとめとご案内

以上のように、敷金問題は個別の事情に大きく左右されるもので、ガイドライン公示後、特に敷金返金に携わる業者広告などの影響で一緒くた「敷金=返金されるもの」との論調が強くなり過ぎてしまった感はありますが、未だとんでもなく法外な請求を出してくる大家さんも多く、業界健全化の為にも、本来返るべき敷金は当然に請求していきましょう。返還請求は上記のとおり基本的に当人による手続きになるとは思いますが、判り難いポイントもあり、金銭面の折り合い、そして手前味噌となりますがやはり当職含め安価で依頼出来る専門家にご相談頂くことは一つの選択肢としてお勧め致します。
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